vol.7株式会社富洋組

代表取締役社長 近藤 雅幸

株式会社富洋組の社長・近藤雅幸さんがGCUの説明会に参加したのは、昨年の6月のことだった。GCUの実利をあげていこうという想いや社会貢献には賛同したものの入会には至らなかった。それから半年後、12月に改めて説明会に参加した近藤さんは、GCUの会員となることを決めた。半年の間に変わったこと、それは「感謝を忘れないこと」という気持ちの変化だった。「まじめ一筋」でやってきたという富洋組のあゆみと変化について話を伺った。

土木の魅力

富洋組は、道路工事や河川工事、上下水道工事などといった土木工事全般を請け負っている。近藤さんの祖父である富之助さんと父である洋さんの名前から一文字ずつ名を取るかたちで「富洋組」と名付けられ、創業30年を迎えた。
近藤さんは 5年と半年ほど前に社長を継いだが、子どもの頃は会社を継ぐという気はなかった。「高校生くらいまでは絶対に継ぐことはないなと思ってましたね。部活に一生懸命だったのでそのことしか考えてなかったですし」と近藤さんは語るが、気持ちの変化が現れるようになったのは部活を引退した夏のことだった。「部活のサッカーが終わってしまって暇してたときに、それならアルバイトでうちにこいって親に言われたんです。それでやってみたら、案外ハマってしまって」近藤さんはそう笑う。近藤さんが土木の仕事が面白いと思ったのにはいくつかの理由がある。もともと体を動かすことが好きだった近藤さんにとって、外で体を動かしながら働くということが楽しかったことがひとつ。それから、人と協力しながら何もないところからものをつくりはじめるということの面白さだったという。「土木の仕事は正直いってあまり求人が集まらない現状がありますが、かつての僕のようにとにかくやってみると面白いと感じる人も多いんじゃないかなと思いますね。必ず一品生産。天気や土地の状況に応じて頭を使いながら、でかいスケールのものを一から生み出す仕事。やりがいがとてもありますね」まだ若かった頃の思い出も振り返りながら、近藤さんはそう熱く語った。

内側から見た富洋組、外側から見た富洋組

高校の頃富洋組にアルバイトという形で入り、土木という仕事の楽しさを実感した近藤さんだったが、その後、修行のため他社で働くことを決めた。近藤さんが働くことになったのは大手ゼネコンだった。現場の監督者として、実際に働いている職人の管理なども行った。職人の中には、ヘルメットをしないもの、くわえタバコで仕事をするものなどもいたという。また安全やルールを厳しく定めており、仕事の仕方が合わない人に対しては注意をすることも近藤さんの役割だった。
時はすぎて近藤さんが27歳になる頃、結婚を機に改めて富洋組へ舞い戻った。その時、内側から見つめ直すことになった富洋組は「自分が注意していたような」安全やルールが守られきっていない会社だった。そのことに驚いた近藤さんがまず取り組んでいったのは、現場の責任者として会社全体のレベルを上げていくことだった。近藤さんは現場責任者としての資格もあったため、現場を管理しながらISOの取得などにも取り組み、会社のレベルをあげていこうと取り組んでいったのだった。いずれ自分が会社を継ぐだろうとは思っていたものの、現場仕事が忙しく朝は早く夜も遅いため、目の前の仕事に忙殺される日々であった。

会社を継ぐ

今から5年と半年前、近藤さんは代表取締役社長に就任する。日々の仕事は忙しかったが継ぐこと自体は予感していたため、驚きは少なかった。「いつかくると思っていたものがきたって感じですね、ああ、これから頑張ろう」。来期から交代、そんな指示を受けて会社を継いだ近藤さん。自分なりに仕事と勉強をしつづけるなかで、なんとか順調に仕事を進めていったというが、そのうちに経営状況が悪化してしまう。リーマン・ショックだ。
仕事が少なくなり単価も大きく下がり、職人の数も減っていった。建設業にとっては厳しい時期となった。「しんどい時期に就任したなとは思いましたけど、これ以上下がることはないかなっていうので気持ちはかえって楽やったかもしれないですね」。地道に仕事に取り組み、声がかかった仕事には真面目に取り組んでいき、なんとか安定して売り上げることができるようになっていった。
富洋組がリーマン・ショックを乗り越え、これまで仕事を続けてこられた強みは何よりも「真面目さ」だという。「土木の仕事っていうのは、足場や塗装と違って、ものすごく専門的な仕事っていうわけではないんです。そのかわり工事の初めの工程のなんでもやるような仕事です。地面ならしや鉄筋屋さんを呼んできたり」。近藤さんは土木の仕事を「なんでも屋」だという。「どこにもない仕事です、というわけじゃないんです土木は。けど一から大きなものを、お客さんと職人さんたちを繋ぎながら一緒に作っていく仕事だから面白いんです。うちはみんな真面目で土木ならどこよりも誠実に現場仕事をできるようになったと思ってます。それが社風ですし強みです」。

感謝のこころ、GCUへの加入

リーマン・ショックの影響で一時は危機があった富洋組ではあるが、近藤さんはおおよそその30年の道のりは順調だったという。「この30年順調だったのは、お客さんや協力会社さん、従業員や家族のおかげだと思うんです。実はここのところいろいろな人の意見を聞いたり勉強するなかで、その感謝の気持ちが足りてなかったんじゃないかなと思い始めたんです」。
近藤さんは感謝の気持ちの大切さに気が付いたことにより、考え方が大きく変化してきていることを感じている。「こんなに一生懸命やってるのにどうして伝わらないんだとか、自然と仕事に行き詰まっていたりとか。そういうことがある時はたぶんいつも感謝の気持ちを忘れて独りよがりになっている時だったんです」そう語る近藤さんが、感謝の重要性に気づいたのは、実はGCU加入を一度やめた昨年の6月以降だった。「いつも同じ場所で、同じように仕事をしてきてっていう安定した仕事は大切なんですけど、外から色々な刺激をもらうことも大事だなって気づくようになって、そうしているうちに感謝の大切さがわかるようになったんです。だから、外に出ることも大切なことだなと」。
感謝の重要性に気づき、そしてそのことに気付かされた「外へ出ること」ことの大切さも一緒に学んだという近藤さん。GCUという団体を通して、熱い思いを共有し社会貢献活動へとつなげていきたいと話す。「GCUにはとにかく熱い人が多いんです。だから勉強にもなるし、新しい刺激ももらえます。これまでは四日市という限られたところで活動していましたが、これからは強みを武器にGCUでも学びながら外へ出ていきたいです」。富洋組は、これから新たな仕事を求めて東京進出も検討している。真面目さを武器に30年間やってきた富洋組。「感謝の気持ち」という忘れてしまいそうな身近だが最も大切なものをこの節目に再確認し、新たな地平に向けて動き出した。