vol.8株式会社北野工藝

代表取締役 北野 勝也

一職人から経営者へ。会社を大きくするために現場を離れていく経営者は多い。今回お話を伺った株式会社北野工藝・北野勝也さんは、会社設立からちょうど20年を迎えたいまでも現場に立ち続けている。一般的な経営者が現場を離れていく一方で北野さんが現場にこだわりつづける理由はなんだろうか。

大阪を捨てて

北野さんは塗装職人だ。今も現場で職人として働き続けているが、10代の頃は板前修行をしていたという。釣り好きが高じて修行を始めたが、15歳になる頃には板前修行を辞めた。勤めていた大阪の料理屋の社長が当時亡くなり後継者争いに発展したが、そうしたドロドロとした世界に耐えられなかったからだ。「当時の僕には刺激が強すぎたんですよね。ここにいたらあかんくなる。これではあかんって」。
料理屋を辞めた北野さんは15歳という若さで「人生をやり直す」と決めた。生まれ育った大阪を離れ、明石という土地に移り住むことを決めたのだ。「身内に縁が少しあったんですが、そうはいっても周りに知っている人はいない土地でしたね。一からやりなおすにはぴったりやって」。明石に移り住んだ後、アルバイト生活がはじまった。

震災復興のために

明石に移り住んでしばらくたった頃、阪神・淡路大震災が発災した。北野さんは、アルバイトとして、震災の翌日から瓦礫の処理などに取り組んだ。「まだその時は塗装まで行かない仕事でしたよ、片付けとかでしたし。けど、片付けていくと困っている人たちが、涙を流して感謝してくれたんです。『ありがとう、ありがとう』って。仕事をしてて、初めての経験で、その時に建設業で生きていきたいって強く思うようになりました」。震災から復興するために、人と人とが協力しあう。そしてその中で生まれていく連帯感と感謝の言葉。こうした言葉が北野さんの将来を建設業へと向かわせていったのだ。
そうして北野さんは、前職である建設塗装屋で働き出すことになった。<

予期せぬ独立

北野さんは塗装の修行をはじめ、着々と技術を身につけ現場の管理まで任せられるようになっていった。そんなとき、社長から言われた一言がさらに北野さんを奮起させることになる。「『お前ペンキ屋やんけ、図面もよめへんくせに』。そう言われてカチンときましたね。せやったら図面とかリフォームもできるようになったる」そう北野さんは誓い、もう勉強を開始した。「僕らがやってる塗装の仕事ってめちゃめちゃ面白いんですよ。やのに、ペンキ屋とか嫌な言い方されるんに違和感があったんです」。
そうして新たな技術を身につけていく北野さんだったが、そんなある時、社長が夜逃げをし、会社が倒産することになった。「まあよくある話といえばある話なんです。利用されて、借金したんでしょう」そう語る北野さん取った行動は「とりかかっている仕事を全て終える」ということだった。「僕らお客さんと仲良くなることが多かったんで、会社なくなったんで、もう作れません。さよならっていうのをしたくなかったんですよね。目の前で悲しむ人がいるのがわかりますから。給料もらえへんけどどうせやったら請け負ってた現場はきちんと終わらせよって」。北野さんと同じようにして残った数名で仕事をこなしていくなかで、以降も仕事を発注するので業務を続けて欲しいという企業の声があり、そのまま予期せぬかたちで北野さんは独立することになったのだった。

職人としてあり続けること

独立後「仕事をしつづけていれば大丈夫」との考えから目が回るような忙しさのなかで、忙殺されるようになった。自身も職人として日当を稼ぐ傍らで、周りの職人たちの統括を任せられるようになったが、長くは続かないと北野さんは直感的に感じたという。「下請け仕事をやめよう。そう思い出しましたね。下請けを辞めてしまって仕事あるんかって思いましたけど、それはやってみいひんと扉は開かへん。そう思って辞めたら、新しいルートから仕事をもらえたり、いろいろな人に助けてもらえました」。
下請けを辞め、安定した利益を出す仕事が増えていった。仕事の増加に伴い、北野さんは営業マンを入れたり現場を他の職人に任せたりと対応していったが最終的にたどり着いたのは「自分でやらないと気が済まない」という思いだった。「お客さんは僕に仕事を頼んでくれてるんです。だから僕が行かないのはおかしいなって」。自分が現場に出て仕事をし続けると、もちろん会社としてこなせる仕事の量には限りがある。しかし、北野さんはそれで良いという。「大きいビルもええ車も別にいらんなって。大事なんは、地に足つけて着実にお客さんの期待に応え続けていくことだけです」。
北野さんは自社のことを「まちの便利屋」だという。「大きく拡大していくつもりはないんで、企業っていえるほどのもんでもないんやと思います。まちの便利屋さん。駆けつけサービスしてくれるところ、そんなんでいいんかなと思います。小さなビスどめだけしたお客さんがリフォームするというときにうちに声をかけてくれたりもありました。これまでやってきたことがいまかたちになってるんかなって思います」。
北野さんはこう語る。「今の時代は少しだけ金回りが良くなってきてるようにも思います。だからこそ、地に足をつけんとあきません。みんな勘違いして金遣いが荒くなったり、会社をものすごく大きくしたりします。でも、それやといつか破綻する気がします」。
北野さんは、自分たちに仕事を依頼してくれたお客さん一人一人ときちんと向き合うことが大切だと話す。「リフォームしますっていうときにかかる大きなお金は、お客さんたちが何十年とかけて貯めてきたお金です。そんなお金と期待を自分にかけてくださってる。それを考えたら、何せなあかんかは見えてきますよね。喜びの声をあげてくださるようなそんなものを作り出すことが一番大事なんです」。
北野工藝はこれからも会社を大きくしていくことはないという。しかし、「まちの便利屋」と自称する小さな会社・北野工藝が生み出すお客さんの喜びは、何者にも負けることがない大きなものに違いない。